私がこの講座を作ろうと思ったきっかけ
- chiko

- 3月21日
- 読了時間: 4分
更新日:3月28日
これまでと同じ形でセラピストを続けることが難しくなった時、一度はこの仕事から離れようと考えました。
それでも、私の技術や知識を求めてくださる声があったからこそ、今はその経験を、必要としてくださる方へつないでいきたいと思っています。

A quiet moment of rest before a new beginning.
私のセラピストとしての最後
私は10年という長い年月を、セラピストとして誇りを持って仕事をしてきました。
本当に毎日が楽しく、充実していた時間でした。
でもあるとき、突然体に異変が起きました。
まだ30代なのに、更年期のような症状が出始め、顔のほてりやめまい、急に落ちた体力。
病院に行くと、他にもいくつかの病気が見つかりました。
免疫力も落ち、風邪も引きやすくなり、何度も救急車で運ばれるような状態に。
ーこれ以上はお客様に迷惑をかけられない。
そう思い、病気がわかってから1ヶ月ほどでお店を辞める決断をしました。
大好きだった仕事なのに、自分の中で「もう無理だ」とはっきり分かっていたからか、不思議なくらいすんなり受け入れている自分がいました。
幸いにも、お店を引き継いでくださる会社様が現れ、大切なお店もお客様も守られる環境が整い安心しました。
だからこそ、私は一度すべてを手放して、しっかり身体を休めようと思っていました。
ですが、ここからが私の転機でした。
セラピスト人生の転機
引き継いだ会社の方から、「どんな形でもいいので関わってほしい」と言っていただきました。
私の想いや技術を、そのまま残したいと。
その言葉を受け、専属アドバイザーとして関わることになりました。
そこで初めて、セラピストの技術チェックを任されることになりました。
採用にも関わる、大切な場面です。
正直に言うと、それまで私は“教える側”だと思ったことがありませんでした。
ずっと、自分は教えてもらう立場だと思っていたんです。
でも実際に人の施術を見ると、不思議なくらいに分かるんです。
ー「ここが足りていない」「こうしたらもっと良くなるのに」「身体の使い方ができていない」
その後、「お金を払うので施術を受けたい」と言ってくださる方や、
「どうしたらあなたの研修を受けられますか?」と声をかけていただくこともありました。
それでも私は、まだ“教える側”という認識がありませんでした。
確信に変わったのは、実際に研修を行ったときです。
先生になろうと思った瞬間
研修をしたセラピストさん達に言われました。
「これまでたくさん研修を受けてきましたが、正直、今まで私何をやっていたんだろうと思うくらい衝撃でした」「感動して、家に帰ってから家族にも話したくらいです。私の求めていた研修はこれだ!って。」
「私も同じです!家族に話しました!」
そんな言葉をいただき、私の方が衝撃を受けました。
そのとき初めて、「私はちゃんと教えられているんだ」と気づいたんです。
思い返せば、ヒントはずっとありました。
「セラピスト辞めない方がいい、むしろ研修を受けたい」と尊敬する先輩に。
「人生で二人目に上手いと思った」とタイ古式のオーナーさんに。
「導入したいから教えてほしい」ともみほぐしのオーナーさんに。
「弟子にしてください」とお客様に。
でもそれを、私はただの言葉として受け流してしまっていました。
そして研修先のセラピストさんに聞いてみました。
「もし私が研修をやったら来てくれる人、、、いるのかな?」
すると
「絶対やるべきです」
「私は行きたい」
「同じように感じる人は必ずいる」
「モデルとしてだって全然行きたい。」
そう背中を押していただきました。
(こう言ってくださったセラピストさん達は、人を前向きにする言葉を自然にかけられる方ばかりで、私自身も学ばせていただいています。人として尊敬する素敵なセラピストさん達です。)
その言葉を信じて、私は“教える側”としての一歩を踏み出しました。
これから先生として
これからは、これまで積み重ねてきた技術や経験、考え方を、必要としてくださる方へしっかりと届けていきたいと思っています。
また私自身も、多くの方と出会いながら、さらに成長していきたいと考えています。
そして先生として一方的に教えるのではなく、あなたの成長に寄り添いながら、確かな技術へと導いていければと思っています。
沢山の素敵なかたとの出会いを楽しみにしております。
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